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XIX. 太陽

76. 世界の炎の主/ר/太陽(“Book T”)

《大まかな意味》“Tabulated Rules”

栄光、獲得、リッチ。時に傲慢さ。誇示、自惚れ、虚栄心、しかし非常に悪いカードを伴う場合に限る。

《PKT》

物質的な幸福、幸せな結婚、満足。

(逆位置)(正位置よりも)弱い意味で同じ。

《カード占いの手引き》“A Manual of Cartomancy”

I. 思慮分別の世界
フルライト(脚光)、知的にも物質的にも;個人で達成したものではない、現世の幸福
II. 順応の世界
主の栄光;効き目のある恵み;スピリチュアルな喜び;降り注ぐ神聖な生活
III. 目標達成の世界
神への完全な気づき;霊的なルール;神が取り囲む;天から見た自分の位置を知る

《妖精の言葉》“The Quest of the Golden Stairs”

アウレオールス──実現、音楽、祝賀、イルミネーション、帰依、天国、喜びの輝き、勝利の喜び:“妖精の国に行く方法は優しく美しい言葉使いをすることです、妖精の国への小道は思いやりです”

《最後のステップ》“Steps to the Crown”

光は闇の中に輝き、光が燃え立つことのできない深い闇などありません。

《絵的な鍵》

9 】 【太陽】 【青空】 【ひまわり】 【子供】 【】 【】 【赤い羽根】 【】 【オレンジ色】 【塀】 【


👉 ラベル:太陽


《タロットの切り札》“The Tarot Trumps”

試練と見習いの期間の水っぽい小道は、誘惑・衝動、審判、そして決定という火のように赤い小道により中和される。水瓶座と魚座の憂鬱な色相と極端に対照的である。私たちは太陽と炎の燃え上がる色相に直面する。あまりにも意欲的なイカロスは、ろうで塗りつけられた野心と好奇心の彼の翼が、太陽と火の熱の焼けつくような光線で縮み溶けることを思い知るかもれない、しかし太陽は生命の慈悲深さの源となる。
囲う壁に守られ、悔い改めの水の側に立ち、巡礼者は謙遜して服従するかもしれない、しかし、彼の前にある戦いのために、鋭く刺すような日光を怖れることなく、暖かさを吸収しそこからバイタリティを得る。
カラーは、クリア・オレンジ、ゴールデン・イエロー、赤が散りばめられたアンバー、そして対比をなすブルーとパープル

《PKT》

白馬に乗せられ赤い旗を掲げた裸の子供がこのカードにこの(太陽の)カードと結び付けられるのにより優れた象徴であるということは、既に(『タロット図解』の中の第 1 部において)述べておいた。これは超自然的な東方と、人類の果てしなき行進の先を行く偉大で聖なる光の、運命なのであり、(外部)感覚的な人生という壁に囲われた庭から飛び出し、家に向かう旅路へと進んでいくのである。だからこのカードが示すのは、地上における輝く太陽で表現されるこの世に表出した光から、大志に先行し子供の心を類型とする来たるべき世界の光への、転移なのだ。

しかしこの最後の隠喩は再びこのカードの象徴の異なった形または側面への鍵となる。太陽は霊的な意識の太陽──反射光の対置としての直接光──なのである。人類はそれゆえ──素朴さの意味で子供であり、智恵の意味で純真であることから──小さな子供の類型で表されるものとなる。素朴さの意 味において、彼は天然と人為の印を担い;純真さの意味において、彼は復元された世界を示す。自ら知る霊が生来の精神の上の意識に姿を現わす時、生来の精神は刷新され、動物的性質を完全に馴化した状態へと導くのである。

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