スキップしてメイン コンテンツに移動

剣の 8

双子座の木星、1°──10°
51. 減じられた力

《ブック T》“Book T”

通常の如く 4 つの手、各々の手は 2 本の剣を掴み、剣をカードの天辺近くまで突き上げている、 手は 2 つは左 2 つは右で、カードの低い位置にある。他の剣の象徴のバラが真ん中に再配置されている。上と下には木星と双子座。
根本やもっと重要なポイントに注意を払うべきときに、小さなことに過大な力をかけ過ぎ、瑣末なことに過大な注意をし過ぎる。品位が良くないと、これらは、敵意、心の狭さ、横暴な性質を生む。詳細な勉強における我慢強さ、何らかの物事を非常に難なく容易にこなす、他者に同等な無秩序で釣り合わせる。一時の感情に駆られた衝動、お金を与えるのも受け取るのもどちらも大好き、プレゼントも。寛大、クレバー、鋭い理解力、自己中で持続的な深い愛情という強い感情がない。知恵を称賛し、それを小さな価値のない物事に当てはめる。
ו(ワウ)のホド(狭い、限定された、ささいな、牢獄)

《PKT》

縛られ目隠しされた女性と、彼女の周辺にある剣。しかし、このカードは、 復帰不能な束縛状態というよりは、むしろ一過性の拘禁状態を示すカードである。

凶報、激しい悔しさ、危機、権力者に非難される、束縛の力、対立、中傷;さらには病気。

女性にとっては、彼女の尊厳を巡るスキャンダルが広まること。

(逆位置)不穏、困難、反対、事故、裏切り;見通しの立たないこと;不運。

親類の誰かが離反すること。

《絵的な鍵》

】 【 8 】 【縛られる】 【目隠し】 【水たまり】 【曇天】 【オレンジ色】 【


👉 ラベル:剣の8

このブログの人気の投稿

古代ローマの「中空十二面体」の謎

カラパイア 不思議と謎の大冒険 このオブジェクトは西暦 2~4 世紀のものとされており、大きさは 4cm~11cm、重さは 35~580g までさまざまだそうです。 中央ヨーロッパ(ベルギー、クロアチア、フランス、ドイツ、イギリス、ハンガリー、ルクセンブルグ、オランダ、スイスなど)で 100 個以上見つかっているものの、これは一体何なのかその起源も用途も今のところ謎だそうです。 そこで、一体何なのかタロットを引いてみたところ、次のような絵が展開されました。 これは当時の裕福な人々の間で、結婚や婚約交渉の為に使われていたのではないかと思われます。 品物としては、アクセサリースタンドなのではないかと。 これを贈った後に、指輪、かんざし、ネックレスなど、アクセサリーを意中の人に贈り続け、交渉を重ねて行く様子が浮かび上がってきます。 「大道芸人」と「恋人」が逆位置なので、政略婚的な要素も強い感じがしますが、ドス黒い貪欲な雰囲気はあまりなく、粋でノリが良い雰囲気が漂っています。

椎名桔平 & 原田知世の熱愛報道

椎名桔平と原田知世が交際 していると報じられた。 ツイッターでは「椎名桔平と原田知世ってすげーお似合い 大人の恋愛やね」「なにその素敵なカップリング」といった声が続々と上がり、記事には「人生の酸いも甘いも経験して、ようやく出会った「運命の相手」。ゴールインの吉報が届く日も近いのかもしれない。」とあった。 はたして本当にそうなのだろうか?──タロットを引いてみたところ、原田は 盃の 5 の正位置、椎名は 戦車 の正位置だった。 椎名はもともと原田の大ファンだったとのことなので、彼の側の押しが強いのではないだろうか。 対する原田だが、盃の 5 は絵柄からの単純な連想で「失意」などと解するかもしれないが、今回のケースでは、カードをデザインしたウェイトの解説するように、むしろ「結婚」を意味すると考えるのが良さそうだ。ただし、倒れている 3 脚のカップが意味するように、仕事からは離れて家庭に入ることと裏腹となっている。

女性に自殺を思いとどまらせたセラピードッグ

イギリス南西部デボン州で高速道路の上の橋から 飛び降り自殺を図ろうとしている女性を地元消防署のセラピードッグが思いとどまらせた という。この時の犬と女性の関係について引いてみたところ、犬は 最後の審判 の逆位置、女性は 盃の 8 の逆位置だった。 最後の審判それ自体には「最終結果」という意味があるが、逆位置の場合には、そのような思い切った最終決断に踏み切れない、「弱さ」「意気地の無さ」を示す。つまり、この事件のセラピー犬のディグビーは、女性にとって、自殺という発作的で不可逆的な行為を踏み止まらせるような、か弱い、いたいけな存在としてそこに登場したのであろう。彼女よりも、強く生きている警察官や消防隊員たちからのいわゆる“上から目線”の説得よりも、彼女が守ってあげる立場の存在である犬のディグビーの方が、彼女に生きる気力を与えることになったのである。 そして、盃の 8 だが、これも本来は失望を示すのだが、逆位置となると反対に「大いなる喜び・幸せ」などを示すのである。まさしく、追い詰められた中でのディグビーとの邂逅が、女性に生きる喜びを思い起こさせたであろうことは、想像に待たない。