スキップしてメイン コンテンツに移動

貨の 2

山羊座の木星、1°──10°
36. 調和的な変化

《ブック T》“Book T”

2 つの車輪、貨の A に似たディスクあるいはペンタクル。それらはグリーンとゴールドのヘビで結び合わされ、数字の 8 のように縛られている。ヘビは自分の 口で尻尾をくわえている。白い光を放つ天使のような手が(真ん中を掴むかあるいは)全体を掴んでいる。このカードにはバラはない。上と下には木星と山羊座のシンボルがある。これは回転の象徴である。
変化のハーモニー。獲得と喪失の交替、弱みと強み、常に変化する職業、さまよう、とりとめない、物事のどんな定着したコンディションにも不満;今絶好調、今憂鬱、働き者だが当てにならない、マネージメントにおける思慮分別を通じての幸運、時に説明できないほど愚か。代わる代わるおしゃべりになったり疑い深くなったりする。親切だが揺れがあり一貫性がない。旅行における幸運。議論好き。
ה(ヘー)のコクマー(楽しい変化、友人を訪問する)

《PKT》

(踊っている体勢の)若い男が、それぞれの手に一つずつ五芒星を持ち、それら(2 つの五芒星)は数字の 8 を倒したような無限記号(∞)によってつなげられている。

一方では、これは陽気、レクリエーションと、娯楽に関連する事々のカードとして表されていて、図案の主題としてはそれである;だがさらにこのカードは、文章化されたニュースやメッセージとも、障害、声や態度で表す興奮、トラブル、揉め事に巻き込む事とも解釈される。

(カードで示されている)トラブルは、現実的というより妄想的なものである。

(逆位置)強要された陽気、楽しんでいるふり、文学的センス、手書き、作文、文通。

凶兆、無知、無法。

《絵的な鍵》

【貨】 【 2 】 【青空】 【海】 【船】 【無限】 【サヴィトリ】 【がに股】 【片足】 【帽子】 【赤色】 【赤いタイツ】 【オレンジ色】 【ベージュ】


👉 ラベル:貨の2

このブログの人気の投稿

卓球少女愛ちゃんの今

昨日(3 月 8 日)度重なる福原愛さんのニュースに気が引かれつい占ってみた。すると次のような結果であった。 とてもチャーミングで人気者( 戦車 )の愛ちゃんにとって、今の結婚生活はとても窮屈なものになっているようである( 司祭長 、 盃の 5 )。 そんな気持を抱えたまま母国へ帰り( 盃の 5 )新なビジネスに挑戦していく希望に燃えているが( 杖の 3 )、その反面家族の気持がバラバラになっている状況が見える( 盃の A 、 剣の 3 )。 もしも愛ちゃんが離婚をしたいと思っていたとしても( 杖の騎士 )愛ちゃんにとってそれは賢明なこととはいえない。 それは、この結婚は本来これ以上ないくらい富も幸せも築いていける結婚だからである( 貨の A )。 それに夫の江氏も家族を何より大切に思っているので、離婚をする気持はみじんもないようである( 剣の王 )。 結婚してから 5 年ほど経過しているようであるが、愛ちゃんはいろいろともう少し成長することが必要なのかも知れない( 戦車 逆位置→手綱を引き締めるべき)。 そうすれば、離婚などせずとも乗り越えられないものではないはずである( 杖の 9 )。

2020 年 9 月自民党次期総裁選

先月 28 日に安倍総理辞任表明があったので、来年 10 月までの残りの任期を引き継ぐ自民党の次期総裁について占ってみました。 菅義偉 官房長官「杖の6」←「隠者」 岸田文雄 政調会長「盃の王」←「剣の6」 石破茂 元幹事長「貨の5」→「貨の6」 という展開となりました。 石破氏が次期総裁になる可能性はまず少ないと思います。かなり不利な情勢のように見受けられます。 なので残る、菅氏か岸田氏のどちらかということになりますが、次期総裁の有力候補としては安倍さんの病による辞任がなければもともとは岸田氏なのだと思いますが、菅氏が任期引き継ぎの総裁となるのだと思いました。 絵で読み解いてみると、菅氏(杖の 6)が安倍総理(隠者)から月桂冠(リーダーシップ)を一旦(馬上で)受け取っている。(馬のベールに隠れているのは菅政権の後継として一年後の総裁選で本命の河野太郎氏?) 岸田氏(盃の王)は安倍さんが無事に任期を満了していれば有力な後継者だったところが、イレギュラーな事件(安倍さんの任期を残した辞任)によりチャンスを逃した(剣の6(逆))。 石破氏(貨の 5)はそもそも蚊帳の外で、全国の自民党員の人気は別として、主流派(国会議員)からは実質的に相手にされていないようです。

DaiGo【改めて謝罪】

メンタリストの DaiGo さんという人が生活保護の人を批判して、世間から非難され、その謝罪をした動画を見た。それに関して 1 枚引いたところ、貨の A の正位置だった。 面白半分で軽はずみな発言に及んでしまったようだが、社会に対してこのようにきちんとした謝罪をしており、34 歳という年齢からしても伸びしろがある人ということなのではないかと思った。 慚愧 という言葉がある。 彼が自分自身に対して恥かしい、と、どの位感じたかという「慚」については分からないが、世間に対して自分がなした過ちを恥じているという「愧」については形に表している。 猛烈な批判の嵐に遭い、自分の誤りを完全に認めて謝罪する勇気を起こせたのも、彼の周りには大切な善き家族が大勢いるからかも知れない。 また、人生、何があっても明日という日が与えられている、という展開を表しているともいえる。 ちなみに、極悪前科を語る小山田圭吾氏には、貨の A の逆位置が出ていた。自分で変化を起こせる明日という日を生かすことなく過ごすと、いつかそれ相応のつけが回ってくるという事例といえそうだ。