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III. 女帝

60. 強大なものの娘/ד/金星(“Book T”)

《大まかな意味》“Tabulated Rules”

美しさ、幸福、喜び、成功。豪華さ、贅沢さ。時には (金銭・時間・精力などの)浪費、道楽三昧の快楽的生活を表すが非常に悪いカードが伴う場合に限る

《PKT》

豊穣性、活動、主導、寿命の長さ;知られざるもの、隠し事;さらには、難儀、疑念、無知。

(逆位置)白日、真実、秘匿されていた物事が露呈すること、公的な喜び事;他の解釈によると、二の足。

《カード占いの手引き》“A Manual of Cartomancy”

I. 思慮分別の世界
活動;女性的な力;ルールと権威;女性の影響力;肉体的な美しさ;女性の君臨;人生の喜び、悪い面で過剰
II. 順応の世界
精神的な面の教会活動;願望とその翼;精神的な信念
III. 目標達成の世界
人間の高次の魂;太陽を纏った女性;彼女は力と完璧なルールを持ち、熱望を持って生まれて来る;翼を獲得した魂

《妖精の言葉》“The Quest of the Golden Stairs”

探求の女王──停泊船、出産、海岸、代々受け継がれたもの、伝統的な知識:“妖精の国の扉を開くことができる人へ、終わりはどこにでもあります”

《最後のステップ》“Steps to the Crown”

生は宇宙という実験室の中での数えきれないほどの実験です;そしてたくさんの早まった実験があるので、たくさんの取り返しのつかない結果があります。

《絵的な鍵》

【 3 】 【デーメーテール】 【トウモロコシ畑】 【黄色】 【美しい森】 【樹木】 【滝】 【冠】 【月桂冠】 【六芒星】 【球体】 【レガリア】 【ネックレス】 【真珠】 【マタニティドレス】 【ザクロ】 【斜め向き】 【イス】 【紅白】 【赤色】 【オレンジ色】 【大きなクッション】 【盾】 【ハート】


👉 ラベル:女帝


《タロットの切り札》“The Tarot Trumps”

彼女にはイシスの側面がある;自然のクリエイティブでポジティブな側面が示唆されている。エジプトの三部作、イシス、ハトホル、ネフティスは三日月、満月に象徴され、凸月は女司祭長のタロット、ハトホルに相当する。女帝、イシスは三日月かヴィーナスのどちらかをシンボルとする。
ハトホルが謎めいているのに比べ、イシスとヴィーナスは愛の側面を与える。イェソドにいる間、満月は、彼女の小道の Gimel で太陽の光線を送信しながら、ティファレトの太陽を反射する。実占タロットの解説では、しばしば女帝がオカルティズムを表すと見做すのを許容されている。女司祭長は宗教や信仰心、序列の高貴な教会と見做されている。
Daleth の文字を持つ女帝は、ヴィーナスが天のドアであるのと同様、内側に秘められた神秘のドアである。
彼女のカラーは、エメラルド、スカイ・ブルー、ブルー・グリーン、チェリーあるいはローズ・ピンクである。

《PKT》

立派な人物が腰掛けており、豪華な衣装と、天地の娘としての王族の風格を備えている。彼女の王冠は 12 個の星が集まったものである。側に置かれた盾にはヴィーナス(金星)の象徴。彼女の前のトウモロコシ畑は熟しつつあ り、向こう側には滝がある。彼女の持つ錫杖はこの世界の球体(地球)を戴いている。彼女は下位のエデンの園、地上の楽園であり、可視の「人の家」(=地上の世界)によって象徴されるものの全てである。彼女は「天の女王」ではないが、「罪人たちの避難先」(前者・後者いずれも聖母マリアの尊称)であり、幾千のものにとっての豊穣の母なのである。他にも彼女の様相を的確に捉えたものが確実に存在し、願望とその翼という風に、太陽を身にまとった女性という風に、「輝ける世界」と、「至聖所」のヴェールという風に。だがしかし、付け加えさせてもらうと、象徴性全体に別の特殊な方法を適用しない限り、彼女(自身)が翼を獲得した魂という風にはならな い。彼女は他の何よりも宇宙の多産性と「(神の発した)言葉」の外面的意味なのである。これは明らかに、(象徴の持つ意味を伝える)メッセージというものは、男性に対しては直接付与され続けてきたが、同様のことが女性の場合はメッセージを身にまといこそすれ、その女性自身が何らかの意味を担うことはない、というのがその理由である。

もう一つの別の思想体系においては、この女帝のカードは、ヴィーナスの園としてのこの人生へとつながる入口となる扉や門を示す。そして、そこ(ヴィーナスの園としてのこの人生)から出て、超越した世界へと向かう道は、女司祭長の与り知る秘密であり、その秘密は選ばれし者のみ彼女から伝えられる情報なのである。この象徴論において、このカードに配当された大部分の古い意味は完全に間違っている──例えば、「(神の発した)言葉」、神性、三位一体、などといったもの(そのもの自体)と同一視したりすることである。

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