スキップしてメイン コンテンツに移動

盃の 7

蠍座の金星、20°──30°
32. 幻想的な成功

《ブック T》“Book T”

7 個の盃がこのようにアレンジされる:中央の低い位置の盃から伸びたロータスの茎を掴むいつもの手。手はこの盃の上で中央の盃の下にある。中央の低い位置の盃の例外を除いて、各々の盃からロータスの花が伸びている、しかし、花から水は流れ落ち空の盃に注がれることはない。上と下には居住地のシンボル、金星と蠍座。
もしかすると成功、しかしその人の無気力さで無効になる。幻想的な成功。明らかな勝利の瞬間の欺瞞。嘘つきの失敗、実現されない約束。酔っ払い、激怒、容姿・能力・業績などについての自惚れ・虚飾、激しい情欲、婚外性交、婦女暴行。利己的な快楽。欺瞞の愛や友情。しばしば成功を手にするが後に続かない。品位によってこれらは修正される。
ה(ヘー)のネツァク(嘘。実現されない約束。幻想。エラー。欺瞞、最初に僅かな成功があるが維持するエネルギーが足りない)

《PKT》

奇妙な幻影の盃が並んでいるが、しかしそれらの姿は何といっても素晴しい霊(=聖霊)のものなのである。

妖精(頭がどうかしている)の願い事、イメージの考察、感傷、想像、水晶玉の中を凝視して見えるもの;そういった状態での把握に留まり、恒久的または実体のある物事を得ることは意味しない。

色白な子供;アイデア、企画、解決、動き。

(逆位置)願望、意志、決意、計画。

盃の 3 を伴った場合、成功。

《絵的な鍵》

】 【 7 】 【錬金術】 【】 【青空】 【影】 【ヴェール】 【アクセサリー】 【サラマンダー】 【】 【】 【月桂冠】 【しゃれこうべ


👉 ラベル:盃の7

このブログの人気の投稿

福岡市で冷蔵庫に高齢者の 2 遺体

福岡市西区で、親族からの通報で家宅捜査に入った家から テープで目張りされた冷蔵庫に 2 遺体が発見された という。犯人はなぜ犯行に及んだのか引いてみたところ、 隠者 と 死 が出た。 隠者がカンテラを下げて死へと向っている。 絵的な状況からすると、もしかしたら犯人は彼ら(隠者)に呼ばれて家を訪ずれたのかも知れない。 隠者は《思慮分別や慎重さ》を意味するが、品位が良くない場合は《裏切り、偽装》などを意味する。 死は《時間と年月の経過による変化》《収入源の喪失、反対に遭う、失敗》を意味し、稀には《死や破滅》も意味する。 必ずしも親族とは限らないが、長い年月の付き合いの人物による犯行のように思える。 また、犯人はこの高齢者(隠者)を長年、大変敬い尊重していたのかも知れない。 しかし犯行に及んだ日に、何らかの特別な頼み事をしたところ断られ、それが引き金となり、長年彼らの顔色をうかがい続けてきた精神的なストレスが爆発し、このような破滅行為に及んだということかも知れない。

小室圭さんはこれからどうするのだろう?

皇室ニュースを目にすると何となく見てしまうことがある。今日(3 月 4 日)も天皇陛下が眞子さまのご結婚について厳しい言及をされたというニュースが出ていた。ますます世間の風当たりが強くなってきているが「小室圭さんはこれからどうするのだろう?」と思いつい占ってみたところ次のような結果となった。 眞子さまが小室さんをせっついてくる(⑤ 貨の10 、⑥ 恋人 の逆位置)ので、将来がかかっている仕事もあるのに(⑧ 貨の 3 )うんざりした気持になるが(① 盃の 8 、② 死 )、それでも小室さんは公には何も宣言することはない(④ 正義 の逆位置、⑦ 剣の 2 の逆位置)ような感じがする。 今の小室さんとしては、ご立腹の眞子さま(③ 剣の女王 の逆位置)を上手になだめることさえできれば(⑨ 盃の 9 の逆位置)と思っている。 結婚するもしないも考えてみれば当然のことだが、最終的な決定権は本物の皇族(⑩ 女帝 )である眞子さまが握っている。 結局、小室さんにとっては世間への対応よりも、眞子さまへの対応が命となっている。 という形にまとまった。

DaiGo【改めて謝罪】

メンタリストの DaiGo さんという人が生活保護の人を批判して、世間から非難され、その謝罪をした動画を見た。それに関して 1 枚引いたところ、貨の A の正位置だった。 面白半分で軽はずみな発言に及んでしまったようだが、社会に対してこのようにきちんとした謝罪をしており、34 歳という年齢からしても伸びしろがある人ということなのではないかと思った。 慚愧 という言葉がある。 彼が自分自身に対して恥かしい、と、どの位感じたかという「慚」については分からないが、世間に対して自分がなした過ちを恥じているという「愧」については形に表している。 猛烈な批判の嵐に遭い、自分の誤りを完全に認めて謝罪する勇気を起こせたのも、彼の周りには大切な善き家族が大勢いるからかも知れない。 また、人生、何があっても明日という日が与えられている、という展開を表しているともいえる。 ちなみに、極悪前科を語る小山田圭吾氏には、貨の A の逆位置が出ていた。自分で変化を起こせる明日という日を生かすことなく過ごすと、いつかそれ相応のつけが回ってくるという事例といえそうだ。